景観を考える

人はなぜ美しい景観を求め彷徨うのか

山歩きが好きです。キャンプが好きです。
それを景観リサーチというのは大げさかもしれない。
でも私の目が山頂を向いているとき、キャンプサイトに身を置くとき、
殺伐とした日本の景観から解き放たれていることを知った。

それは限られた行動範囲の中で理想の景観を探す旅の始まりだ。
私が小学生だった頃、のどかな農村風景の中を帰宅途中。空をとぶトンビを見ながらあんな鳥になりたい、鳥になっていろいろな場所へ飛んで行き、いろいろな景色を眺めてみたいと思った。

時は流れ私も40歳を過ぎた。振り返れば、パソコンが好きでITの世界に身を置くのも、「鳥の眼」。鳥瞰図を手にいれたいからだった。学生時代、ICチップを買い集めて作ったマイコンのマザーボードはまさしく鳥瞰図のようだった。パソコン上で動くソフトウェアの中でも好きでのめり込むのは、いわゆるシミュレーションソフト。景観作成の部類だった。

かつてのテクノ少年も、年をとり、結婚し、子供もでき、頭も禿げた。幼子の手をとり、野や山へ出かけるうちに忘れかけた少年期の原風景が蘇った。
バーチャルな世界に閉じ込められた子供の頃の「憧れ」が、自分の子供の手に引っ張られるように少しずつ吹き出した形だ。

ありふれた「日本の親父」の回想である。まったく個人的な世界である.....。がしかし環境問題が深刻になる現代、まずは誰もが目の前の景観に眼を向けてじっくり考えることが大切なのではないだろうか?

冒頭にも書いたように、人が景観に向かうとき、意識するしないにかかわらず失われた日本の美しい景観を取り戻そうとする気持ちや、後の世代のために継続的な環境を残そうとする気持ちにつながっていくと思うのだ。

もう一度。言おう。鳥の眼で景観を見つめよう。
遠景から、中景、ほらぐっと降下して近景まで...
もちろん景観は農村景観ばかりではない。都市景観も重要だ。しかし私が生まれ、帰ってきた淡路島は幸か不幸か市街地を離れれば集落や里山が広がっている。 農耕民族である日本人の原風景はやはり農村風景, 昨今のビオトープのブームも都市景観の中に農村景観をとりいれるひとつの手法だと思う。

というわけで私の景観を求める旅の切り口は里山、農村景観ということになった。
だが人間は欲張りなもの。淡路島にはない寒冷地や高原の自然景観だって知りたい。そこは山歩きやキャンプをしながら「旅の風景」としてお話していこう。

淡路島景観ガイド

地質構造上は和泉山脈の一部になる山だってある淡路島。海だけでなく結構変化に富んだ山や谷だってあるんだ。。

地形的考察・大きさ
東西 8-28Km
南北 53Km
面積595平方メートル
・位置
兵庫県南部にある
西は瀬戸内海の播磨灘に、東は大阪湾に面しており、また南は紀淡海峡と鳴門海峡を挟んで各々和歌山県の友ケ島及ぴ徳島市に面している。
・標高の最高地点は三原郡三原町にある諭鶴羽山(608m)
北部には篝場山(244m),常隆寺山(515m),妙見山(519m),摩耶山(360m),先山(448m)など六甲山地とよく似た花こう岩の山地が北東から南西にかけて並んでいる。これらは津名山地とも呼ばれ、六甲上昇帯として六甲山地と一連のものである。津名山地は六甲山地よりは標高は低いが、山の間に古い地層の丘陵地が入り込み複雑な起伏を示している。
南部にある諭鶴羽山地は柏原山(575m).諭鶴羽山(608m),兜布丸山(526m)などからできており、ほぼ東北東から西南西に走り、津名山地とは約60度の角度で斜交している。これは紀淡海峡を隔てて大阪府と和歌山県の境にある和泉山脈及ぴ鳴門海峡を隔てて徳島県の讃岐山脈に連続するもので、地質構造上からは和泉山脈の一部になっている。
諭鶴羽山地の南側は急斜面で,紀伊水道に面している。これは中央構造線の断層に生じた断層崖が浸食されてできたものといわれる。
津名山地と諭鶴羽山地の間に、洲本市から三原川河口にかけて東西に伸びた三原低地帯及びその西に三原川の沖積地である三原平野がある。この低地帯の南側には段丘も発達している。また島のほぼ中央部には、花こう岩の山地の間を埋めるように広い丘陵地帯か発達している。
(参考 淡路島の植物誌)